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最近気になった短歌についての話

こんにちは。最近読んだ短歌で心に残ったものについて書いていこうと思います。定期的にやります。



夕焼けに焦げゆく雲を裏返す箸に好しまことよし双のバオバブ/光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』


 海外旅行の連作の中の一首。まず「夕焼けに焦げ行く雲を裏返す」という壮大なイメージなんですけど、それが「箸に好しまことよし」に移った瞬間に焼肉を裏返すような景になる。ここでは肉ということで話を進めるけれど、「夕焼けに焼かれる雲」が「火に焼かれる肉」に変化するわけです。そう考えると確かに雲は沈む夕焼けより上にあるから構図は一致してますね。
 で、そこから「双のバオバブ」。この箸はバオバブから作られたものだったんですね。ここには事物の意外性があって、それはあの巨大なバオバブから小さな箸が生まれている、ということ。そしてそれが「まことよし」なことも面白い。バオバブ箸を使っている人はそんなにいないだろうし、あ、そうなんだ、と思いました。
 バオバブって雲を掴むこともできそうですよね。大きいし。むしろバオバブが二本立っていたらそれがもう箸のよう。この歌は「夕焼けに焦げゆく雲を裏返す双のバオバブ」でも詩のイメージとして成立します。ただ、それが四句目「箸に好しまことよし」によって現実の、実際の情景に変化する。地上に碇を下ろしている。リズムがちょっと崩れることで、ハッと我にかえるような感じ。想像と現実のバランスの取り方がすごくいいな、と感じました。



この指紋がおまえの脳(なずき) うっとりと指人形を指からはずす/大平千賀「利き手に触れる」(「歌壇」2017.2)


 歌壇賞受賞作より。指にはめた指人形に対して「この指紋がおまえの脳(なずき)」と考えるのが面白かったです。指紋ではなく指先だったらそのままになってしまう。指紋が平面であることに対して、脳は立体。でも指紋の模様はどこか脳の皺に似ていて、納得できる。単純に指紋を脳の皺に喩えるのではなくて、指人形を使うことでその比喩に意義を与えているところも良かったです。「うっとりと」は引っかかりました。「うっとり」って言葉は使うのがすごく難しいように思います。



広げれば風に膨らむ地図を抱き闘牛観賞バスに乗りゆく/佐佐木頼綱「風に膨らむ地図」(「歌壇」2017.2)


 同じく歌壇賞受賞作より。実際にないものを見せる、というのは「花も紅葉もなかりけり」の頃からずっとあるものだと思うんですが、この歌もそうでした。「広げれば風に膨らむ地図」まで読むと、地図を広げたら風でブワッとなる姿が思い浮かぶ。それが「を抱き」によって起きていないことだとわかる。「れば」って文法的には条件? だからそれで正しいのだけど、古典文法だと原因・理由があって、その名残? の使われ方で口語体の歌でも使われるところをめっちゃ見かける気がします。僕もやっていると思います。
 つまり、ここでは実際には起きていない「地図が風に膨らむ」という出来事を幻視するわけです。それが面白い。抱いている地図の中に、その土地の風が孕まれているような。



ともだちを旧姓で呼ぶともだちがちゃんと振り返る 蚊だよ/北山あさひ「八月の崖」(「歌壇」2017.2)


 歌壇賞候補作より。蚊かあ。蚊がすごいですね。ともだちが旧姓で呼んでも振り返ったことへの感情が「振り返る」と「蚊だよ」の間の空白にぎゅっと込められている。この空白の間にともだちは蚊に刺されてしまうんじゃないかとか思うんですけど、だからこそこの「そんなに重要な用ではないことを示す力」がすごいな、と思いました。



サッカー部二人のまわりを外周し幸せでしょうこのままずっと/武田穂佳「もつ鍋の煮える頃」(「短歌研究」2017.2)


 相聞特集より。変な歌だと思います。これってひょっとしたらサッカー部員である「二人」のまわりを「私」がぐるぐる回っているのかもしれないしなあ。その状態で「幸せでしょうこのままずっと」って言ってたらそれはそれで意味がわからなくて面白いんですけど。
 そことか、「まわりを外周し」って意味が重複しているのではないか、そもそも「外周する」なんて言い方あるのか、とか思うんですけど、なんか妙にマッチしているんですよね。それが変だなあ、と。言葉が変に崩れるところが人間らしくでリアルだ、みたいなことも考えたんですけど違うと思います。「いつも明るい」の「全冬の〜」もそうなんですけど、この整ってないんだけど整ってる感はなんなんでしょう。文法的におかしいけれど成立しちゃっている句の話を俳句の先生から聞いた覚えがあり、また伺ってみようと思います。



その胸をひらきゆくとき仰向けに花の名前を教へてくれる/鳥居「bibliophile」(「短歌研究」2017.2)


 同じく相聞特集より。タイトルは「愛書家」の意で、この連作での相聞の対象は本です。この歌も「教へてくれる」のは本で、「その胸をひらきゆく」のはページを開くということ。確かに基本的に本って仰向けに開かれますね。対象が本だからこそこういう言い方ができるし、こういう歌を詠むことができるのだな、という面白さがあり、読んでいて楽しい連作でした。一方で、本であることが明かされずに書かれていたらどのように読んだろうか、とも感じました。対象が本であることがわかると「あ、ここはつまりこういうことね」と読んでしまうので、謎のまま受け止めてみたかった、という気持ちがあります。



原爆をどこかで聴いた気がしてる タイムボカンのボカンだつたか/大松達知(角川「短歌」2017.2)


 四十代特集より。原爆を視覚ではなく聴覚で、というのが新鮮でした。しかもその音は「ボカン」。そんなわけないんですけど、原爆を実際には見たり聴いたりしていないからこそ、この感覚はリアルだなあ、と思いました。あとタイムボカンのあの爆発ってやっぱり原爆っぽい。だから本当は視覚的な一致なんですけど、視覚的に一致しているからこそ聴覚的には不一致でも納得してしまう。あと「だつたか」と、断定していないから納得できる、というのもあると思います。



自転車がなくて鍵だけかけてあるガードレールがある星の夜/三上春海(角川「短歌」2017.2)


 学生短歌バトル通過団体の歌より。あそこのページって学生短歌会の会員たちの歌が大量に並んでいて一気に読むと疲れるんですけど、そのなかで一番好きな歌がこれでした。
 幻視の話をさっきしました。これも幻視です。実際にはない自転車が見えてくる。それは語順によるものだと思います。例えばこれが「自転車はないけどガードレールには鍵がかかっている星の夜」だったら自転車の幻視の存在感がかなり薄くなると思う。この歌ではまず「自転車がなくて鍵だけかけてある」とある。この状況は、まず自転車に鍵がかかっている姿を想像し、そこから自転車を消してやっとわかります。そして「ガードレール」とくることで、あ、ガードレールに自転車の鍵だけかかっているんだな、とわかります。なんとなくこの状況はどこかで見たような気がする。ガードレールに鍵だけ。でも、どうしても自転車の幻影を振り払うことができない。
 で、最後に「星の夜」とくるわけです。急に視界が広がり、満天の星空がある。その下にはガードレール、鍵、幻影の自転車。読後感がすごく気持ち良い。
 一首のどこでも切れていないところとか、「ある」が二つあるけど文法的には微妙に違うところとかもあるんですけど、この歌は何より幻視力と「星の空」を持ってくるところがすごく良かったです。



夕焼けが沈むときだけ神がいてドミノに色をふりわけていく/篠尾早那(角川「短歌」2017.2)


 学生短歌バトルの予選歌で千葉聡賞を取った歌です。象の予選歌の選歌は僕もちょっとだけ手伝ったんですが、その時この歌を読んでうまく言えないけどめっちゃ良いなって思いました。昨日、言えるようになったので書きます。
 まず、朝(昼)と夜だったら神がいそうなのはどっちでしょう。どっちでもある程度の神はいそうなんですけど、この歌では「夕焼けが沈む時だけ」に神はいる。沈む前にはいないし、沈んだ後もいない。まずここに驚きました。で、そんな刹那的な神が何をするかというと、「ドミノに色をふりわけていく」わけです。
 これって実は筋が通っていて、夕焼けを「全てを赤く染めるもの」として捉えると、その夕焼けが沈んだときに染められていたものが本来の色を取り戻すのは当然のことです。それを「神がふりわける」と表現すると、その当然のことにひねりが生まれる。
 さて、「ドミノ」とは何でしょう。夕焼けに照らされるドミノ。例えば都市に林立しているビル群、例えば人間、いろいろ考えることができます。では、それらを一色に染め上げている「夕焼け」という存在は一体何でしょう。僕たちを一色に染め上げている何者かがいて、それが沈むとき、僕たちは初めて自分たちの色を「神」によって与えられる。それは既存の秩序が去った後の新しい秩序なのかもしれない。僕たちはそれぞれの色を得て生きてゆくわけです。
 で、「ドミノ」とは何でしょう。ドミノは倒れることによって初めて完成します。だからこの歌はものすごく悲しい。ドミノは最後まで受け身でいるしかない。「神」がドミノにそれぞれの色を与えようと、先に待っている運命は変わらない。この歌にはそういう暗示があります。景の美しさ、表現の面白さ、暗示力、どれも魅力的で良い歌だと思います。





またしばらく読み、気になる歌がある程度たまったら更新しますね。
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