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広告に同情した話

 電車の広告やテレビのCMを見た話です。例えば新たなビルが建ったとき、どんな建物でも想定外の地震がくれば当然崩れてしまうけど、広告で「想定外の地震が来たら崩れます」などと書くわけにはいかない。書いてあったら面白いけどそういうマンションには住みたくないなあ。
 いわば広告は夢を見せるためにあるけど、僕たちはもう「明日」「希望」「幸福」という言葉に魅力を感じることができない。安全神話は崩壊するし人間は死ぬし食べ物は放置すると腐る(腐るんですよ、みなさん)。人間も放置すれば腐るので食べ物です。多分、そういう「広告的表現」が通用しないことは広告側もわかってはいるんでしょうけど、それでも現実を書くわけにはいかない。産んだばかりの赤ん坊を抱いて「この子もいつか死ぬのね」とかは言わない方がいいんです。
 そう考えると、広告って悲しいな。「そんなわけねーだろ」って言われながら自分でも「そんなわけねーだろ」ってこと書かないといけない。無理矢理にでも人に夢を見せようとしないといけないというのは、悲しい話だと思いました。
 最近電車のなかで「四回泣ける」と銘打たれた小説の広告を見ました。友人曰く、文章が説明的で読みづらいそうです。違う意味で泣けますね。そもそも「四回泣ける」くらいしか推すところが無い小説って悲しいですね。こういう悪口を言っているあいだに本を出すタイミングもお金も逃すことになります。みなさんの第一歌集の帯文を楽しみにしていますからね。
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