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北大路翼句集『天使の涎』の話

 おはようございます。これはブログです。

 ブログですので、本の感想をときどきで書いていこうと思います。

 これは北大路翼『天使の涎』(邑書林 2015年4月19日)です。北大路さんには大変お世話になっております。先日もお酒をご一緒しました。また歌舞伎町でお酒を飲みたいのですが、僕の生活の信条が「酒・金・女」から「健康・金・女」になったのでウーロン茶になります。氷抜きで。

 『天使の涎』は句集です。2000句がものすごいレイアウトで入っているのでものすごい勢いで読みました。今思えばちゃんと付箋とか使えばよかったです。書きつつ二周目をしようと思います。

 北大路さんの俳句の特徴としてよく挙げられるのはやっぱり性とか酔いとか、そういう「歌舞伎町的なもの」なのかな、と思います。


  電柱に嘔吐三寒四温かな

  風俗店を貫くエレベーターの寒

  男根を地面につけて髪洗ふ


 「歌舞伎町的なもの」というとあまりにざっくりしすぎているのですが、「嘔吐」「風俗」「男根」のような言葉のチョイスがこの句集に走る軸だと感じました。

 そしてこれらの句を仮に「豪快」と呼ぶならば、僕はこの句集のなかにときおり現れる「繊細」な句に、より魅力を感じました。


  幻の一日を残し二月尽

 この句は2012年の章に収録されているので、閏年で二月は二十九日までありました。「二月尽」は文字通り二月が終わることを意味する季語ですが、四年に一度の二月二十九日を「幻の一日」と称するところが面白かったです。「一日を残し」ということはこの句は二月二十八日のものなので、明日確実に来る二十九日を「幻」と称しているところにも面白味があります。


  幽霊がタバコを吸つてゐる煙

 一編の小説のような句でした。居酒屋や喫煙所のように煙草の煙が充満するところでは、多くの煙が混ざり合いやがて誰の煙草の煙か分からなくなります。そこで幽霊が煙草を吸っていても気づかないくらいの充満した煙が、この句から見えます。幽霊の幻視によってその景を表現するところが面白かったです。


  倒れても首振つている扇風機

 初めはレイプされる女性を扇風機に喩えているのだと読みましたが、それはそもそも扇風機が倒れるには誰かが蹴飛ばすか足を引っ掛けるか何かをしないといけないからだと思います。また、倒れてなお首を振る扇風機はもがくような姿にも見えます。こう考えると、本当は「倒れても」ではなく「倒されても」なんですよね。しかし「倒されても」にするとこの句には人間が生じてしまい、中七に余計な感情がまとわりついてしまいます。この句は場だからこそ、扇風機の無機質さが哀しさを醸し出して面白いのです。


  駅弁のビニールの葉も紅葉す

 体言留の句が続いたので。シンプルな発見の句で面白かったです。「の」「の」「も」「こー」「よー」のoの音が続いていてリズムが良かったです。「駅弁」は新幹線を想起させ、これから本物の紅葉を見に行くのか、もしくは見てきた帰りなのかと想像が膨らみます。「紅葉」が「高揚」にもかかってきて楽しい句でした。


  団栗やごろごろとゐる鬱の人

 上五のや切れの句はこの句集では結構少な目です。鬱の人は内部にとじこもり、ガードの殻に覆われているイメージがあるので、それが団栗と重なります。また、「ごろごろとゐる」は団栗にもかかるので木になっている団栗ではなく地面に落ちた団栗になります。地面の団栗はみんな寝そべって、落ち葉の布団にこもるような姿もあり、「鬱の人」との対応がやはり効いています。また、転がっている団栗を見ると公園や道など「外」のイメージが強いのに対し、鬱の人は部屋など「内」のイメージが強いです。この句のなかでは二つの名詞が共通点と相反する点とを衝突させられて、非常に面白かったです。


 このように、『天使の涎』は細部にちりばめられた繊細さが魅力的だと思って読みました。もちろん、豪快な句でも面白いのはたくさんありましたが。会田誠氏による帯文の「ぶっ壊れそうで案外タフ、ミーハーにして古風、でまかせの饒舌の中に紛れ込む真情」という表現がまさにふさわしい句集だと思います。レイアウトの勢いがすごいので読みもつい勢いをつけてしまいますが、このようにじっくりの鑑賞に耐えうる句も多く、それらの力もあってこの句集があるのだな、と感じました。

 こういう感じで感想もやっていきます。お待ちしております。
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